過去は、今の私につながっている
〜無理をしない、自分らしく生きる〜
昔を振り返ることは、過去にしがみつくことだと思っていた。
過去を思い出すのは、後悔したり、嫌なことを思い出したりすること。そんなネガティブなイメージがあった。
でも、最近、昔のことを話しているうちに気づいた。
過去の経験は、今の私をつくっている。
何気なくやっていることにも、ちゃんと理由がある。今の自分の考え方や行動は、これまでの人生の中で経験してきたことから生まれているのだ。
お腹を空かせていた子ども時代
私は、子どもの頃、貧しい生活を送っていた。
幼稚園にも通えず、お腹を空かせていたこともあった。
そんな私に、中学校の先生がしてくれたことがある。
土曜日の放課後、誰もいない職員室で、カップ焼きそばを一緒に食べさせてくれたのだ。それも毎週。
先生の名前は、もう忘れてしまった。
でも、カップ焼きそばを食べるたびに、今でも先生を思い出す。
私にとっては、命を救ってもらったと思えるほど大切な思い出だ。
名前を忘れても、受け取った優しさは忘れない。
人の人生を支えるのは、大きな出来事ばかりではないのかもしれない。誰かが差し伸べてくれた、ささやかな優しさが、何十年たっても心の中に残っている。
「頑張りなさい」という言葉
26歳のとき、私は精神の病気になった。
入院生活は八か月に及んだ。
当時の私は、人を信じることも、誰かに頼ることも知らなかった。自分の言動を笑われるのではないかと疑い、主治医にも心を開けず、黙秘を続けていた。
退院のための外泊をしても、夫の実家に戻ると体調を崩してしまう。
そんな私に、亡くなった母が手紙をくれた。
手紙の内容はほとんど覚えていない。ただ、最後に書かれていた「頑張りなさい!」という言葉だけは、今でも覚えている。
私はその言葉をきっかけに、自分が頑張る方向を間違えていたのかもしれないと気づいた。
そして、自分のアパートを掃除し、娘と夫に自分のアパートで会うようにした。
それから状態が良くなり、退院することができた。
今思えば、ただ頑張ることだけが大切なのではなかったのだと思う。
自分に合わない環境から離れること。自分が安心できる場所を見つけること。そうしたことも、自分を守るために必要だった。
母の言葉がなければ、どうなっていたかわからない。私は今でも、母を恩人のように思っている。
人を信じ、心を開くこと
病気になったことで、私は大切なことを学んだ。
悩みを誰かに打ち明けること。人を信じて心を開くこと。そして、誰かに頼ること。
その大切さを実感できたのは、GA(ギャンブラーズ・アノニマス)との出会いがあったからだ。
GAのミーティングでは、自分の経験や気持ちを話し、仲間の話を聞く。
正直な話をしないで、格好をつけて話したときほど、ミーティングのあとにモヤモヤする。
反対に、格好悪いところも、情けないところも、正直に話せたときは気持ちが楽になる。
正直すぎて、何度もみんなに笑われたこともある。
「私、ダメンズ製造機なんです」
そう話したときも、みんなに笑われた。
過去に結婚した三人の夫は、みんな鬱病になり、働かなくなった。今の彼も鬱病で働けない。
私は、そういう人を選んでしまうのかもしれない。
でも、今の彼は、私にとってとても大切な存在だ。
辛い過去を持ちながらも、頑張って生きてきた人。人の痛みを知っているからこそ、人に優しくできる人。そして、穏やかな人。
私は、そんな彼が好きなのだ。
GAのミーティングは、笑いあり、涙ありだった。
一人で抱えていたことを話せる。自分の弱さを隠さなくてもいい。そんな場所が私には必要だった。
かつては人を信じられなかった私が、今では人と心を通わせることの大切さを知っている。
そして、自分が救われた場所を、今度は仲間のためにつくる側にもなった。
エトワール小杉というグループを立ち上げ、多くの仲間と過ごした時間は、私にとって大切な経験になった。
ようやく始まった、二人だけの暮らし
今の彼とは、長い付き合いになる。
以前の結婚生活では、私には娘と息子がいた。子どもたちは彼になつかず、彼も大きなストレスを抱えていた。下血するほどつらい思いをしていて、私は離婚を考えた。
それでも、別れた初日から彼との付き合いは続いていた。
生活保護に頼っていた時期も、私はアパートを用意し、引っ越しも一緒にした。何度も別れようと思ったことがある。
そして、ようやく今、二人だけの生活が始まった。
前とは全然違う。
私たちのスタンスは、「やれる人が、やればいい」。
家事も、仕事も、無理をしない。
どちらかが全部を背負うのではなく、そのときにできる人がやる。できないときは、無理をしなくていい。
お互いに正直に話せる関係にもなった。
相手を大切にすることと、自分を犠牲にすることは違う。
一緒に暮らしていても、それぞれの時間を大切にする。相手の部屋にお茶を持っていくこともあれば、自分は自分の部屋で好きなことを楽しむ。
ようやく手に入れた二人だけの暮らしを、私は今、楽しんでいる。
自分の暮らしを、自分で整える
引っ越しをして、私はたくさんの物を手放した。
以前は狭い部屋に物があふれていたけれど、今は部屋の七割ほどに余裕がある。
空間ができると、不思議なことに、新しいものや変化を受け入れる余裕まで生まれてくる。
玄関には、一人一足ずつ、必要な靴だけを出している。以前は玄関がごちゃごちゃしていて、気持ちまで落ち着かなかった。
テーブルの上も、使ったら片づけて、布巾で拭く。
花を飾り、毎日水を替える。
そんな小さなことが、暮らしを気持ちよくしてくれる。
私は二十代の頃、生け花を習っていた。草月流と小原流の両方を学び、料理教室にも通っていた。
先生が少し手を加えるだけで、花が見違えるほど美しくなる。そのことに感動して、自分もあんなふうに生けられるようになりたいと思った。
料理も好きだ。
おいしいものを食べるのが好きだから、作ることも苦にならない。料理は味だけでなく、道具の扱い方や段取りも大切だと思っている。
食べ終わったらすぐに洗い物をする。寝る前には食器を片づけ、水切りかごも乾かしておく。
そうすれば、次の日も気持ちよく料理ができる。
暮らしを整えることは、単に部屋をきれいにすることではない。自分が心地よく過ごせる環境を、自分でつくることなのだと思う。
私は、幸せなのかもしれない
もちろん、不満がないわけではない。
仕事は疲れるし、介護にはお金がかかる。血糖値の管理も気がかりだ。
父のことでは、長い間、いろいろな責任を背負ってきた。これからの生活費や老後のお金についても考えなければならない。
それでも私は、今の自分には幸せなことがたくさんあると思う。
息子がいる。孫がいる。大切な彼がいる。仕事もある。
そして、日々の暮らしを楽しむことができる。
花を眺める。好きな本を読む。音楽を聴く。おいしいご飯を作って食べる。お風呂に入って、ほっとする。
そんな普通の生活を送れることが、ありがたい。
子どもの頃は、お腹が空いていた。
二十代では病気になり、人を信じることができなかった。
結婚生活でも、何度も悩み、別れを考えた。
決して平坦な人生ではなかった。
それでも、私を気にかけてくれた先生がいた。母の言葉があった。GAの仲間がいた。そして、今、一緒に暮らす大切な人がいる。
私は、人生は最後にはトントンになるのかもしれないと思うことがある。
もちろん、すべての苦労が帳消しになるわけではない。それでも、苦しかったことだけが人生のすべてではない。
振り返ってみれば、支えてくれた人たちがいて、そこから学んだことがあって、今の私がいる。
過去を振り返るということ
昔の自分に会えるなら、私は何をしてあげたいだろう。
そう聞かれたら、私はきっと、お菓子をいっぱいあげると思う。
お腹を空かせていた子どもの私に、好きなだけ食べさせてあげたい。
あの頃の私には、そうしてあげたかった。
今の私には、昔の自分を責める気持ちはない。
うまくできなかったことも、人を信じられなかったことも、何度も同じような恋愛をしたことも、すべてが今につながっている。
過去を振り返ることは、過去に戻ることではない。
あのときの自分は、あのときなりに一生懸命だったのだと理解すること。そして、今の自分が何を大切にしたいのかを知ること。
私はもう、無理をして頑張り続けなくてもいい。
人に頼ってもいい。できないことがあってもいい。自分のために選択してもいい。
父のために何かをしないと決めることも、自分の時間を大切にすることも、私自身が選んでいい。
これからは、誰かのためだけに生きるのではなく、自分の人生も楽しんでいきたい。
一日の終わりに、「今日は良かったな」と思える日を重ねていきたい。
過去にしがみつくのではなく、過去を知ることで、今の自分をもっと好きになる。
そして、これからの人生を、自分らしく生きていく。
それが、今の私の願いだ。